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4. シーカヤックの津波避難行動
4.1 一般的な船舶の避難マニュアル
4.1.1 水産庁のガイドライン
4.1.2 一次避難海域の水深50mの妥当性
4.1.3 港湾の津波避難に関する情報
4.2 シーカヤックの避難行動
4.3 陸上避難と海上避難のリスク要因と対策
4.3.1 津波で生還出来ない要因の分析
4.3.2 対策のまとめ
4.4 プロアクティブの原則
本章では,シーカヤックの津波避難や備えについて考えます。
最初にお断りしておきますが,地震が起きたら直ちに高台へ避難しましょう,ということ以外にシーカヤックの津波避難に関するルール,マニュアル等は存在しません。したがって,ここでは私が検討した結果最善と考えられる内容を記載していますが,それが正しいとは限りません。記載内容を踏まえて何が正解なのかどうするべきなのかご自身で検討し,判断して下さい。
まず始めに,参考として船舶の避難マニュアルについて調べてみました。水産庁から東日本大震災を踏まえたガイドラインが発行されています。
「災害に強い漁業地域づくりガイドライン(平成24年3月)」 (水産庁)
出典:「災害に強い漁業地域づくりガイドライン(平成24年3月)」 (P.70, P.77) (水産庁) (http://www.jfa.maff.go.jp/j/press/bousai/120427.html) (2017/2/24に利用)
概略下記のようになっています。
動力船であっても,船を港から出すことは行わないとされています。素人考えでは,沖出しして津波がまだうねりの状態で乗り越えれば安全なのではないかと考えてしまいますが,沖出しには以下のように様々なリスクが付きまといます。
この為,命を最優先にするなら陸地へ避難するべき,という考え方です。それでも沖出しする漁師さんがいるのは,船が命と同じくらい大事だという気持ちからなのだと思います。
また,陸上避難に間に合うか間に合わないかを判断する単純かつ明確な基準が無く,瞬時に判断することが難しいという点は非常に大きな課題です。
ガイドラインは全355ページありますが,お時間のある時にざっと目を通してみて下さい。港湾の津波対策について,イメージが具体的になると思います。
水深50mの妥当性についてはガイドライン内で触れられており,砕波しないことと津波流速で操船不能にならないことという視点から説明されています(P.91〜P.92,資料5-2〜資料5-11)。
以下,ガイドラインに基づいて避難海域設定の考え方を説明致します。少し長いですが,重要なところです。
求められる条件:
条件-1: 津波流速によって漁船等の船舶が操縦不能となる限界流速以下であること。
条件-2: 砕波が発生しない水深であること。
砕波について:
海岸での津波高さは、各想定地震の震源に近い地域を除き、概ね3m以下であることから、想定津波高さは3mとする。(資料5-6)
直立壁に作用する波力算定における重複波領域の式 h(水深)≦2H(波高)を用いると、砕波が発生しない水深としては、h=2×(3m×2)=12mとなる。(資料5-3)
砕波が発生する水深については、孤立波の場合 h(水深)=H(波高)/0.83 の式が示されている。(資料5-3)
(社)日本海難防止協会の調査によれば、水深25m以深であれば砕波は起きないこと、日本海中部地震津波の観測・調査より、海底勾配が緩く周期の短い程砕波が発生しやすいこと、および津波波高が水深の7割前後のところで砕波に至った体験談等が示されている。(資料5-3)
ここでは、より安全側を考え、砕波が発生しない水深を30m以深とする。(資料5-3)
ガイドラインでは25m以深で砕波が発生しない→繰り上げて30m以深では砕波発生しないと結論していますが,上記(1)〜(3)それぞれの値は下記のようになっています。一番右側の列は(1)〜(3)の最大値です。津波高さが何mでも30m以深では砕波しないというのもいまいちよく分からない理屈ですので,最大値を採用する方が妥当なのではないかと思います。
なお,(1)で波高を3m×2としている理由はよく分からなかったのですが,おそらく直立壁で反射した先行波と後続波が重複波を形成する為,高さが2倍になるということだと思われます。
津波高さ | (1)の水深 (m) | (2)の水深 (m) | (3)の水深 (m) | Max (m) |
---|---|---|---|---|
3m | 12 | 3.6 | 25→繰り上げ30 | 30 |
4m | 16 | 4.8 | 25→繰り上げ30 | 30 |
5m | 20 | 6.0 | 25→繰り上げ30 | 30 |
6m | 24 | 7.2 | 25→繰り上げ30 | 30 |
7m | 28 | 8.4 | 25→繰り上げ30 | 30 |
8m | 32 | 9.6 | 25→繰り上げ30 | 32 |
9m | 36 | 10.8 | 25→繰り上げ30 | 36 |
10m | 40 | 12.0 | 25→繰り上げ30 | 40 |
津波流速について:
津波流速によって漁船等の船舶が操船不能となる限界流速についての知見はまだ乏しく、特に漁船など小型船に対する検討は見られない。そのためここでは、船舶が操船不能となる流速を一般的貨物船の事例を参考に、余裕を見て2ノット程度(約1m/s)と仮定する。(資料5-2)
船速が津波流速の5倍以上あれば、斜め12度の流れに対して保針可能となる。これを参考にすると、津波の流速が2ノット程度(約 1m/s)以下の場合、船舶の速力が10ノット(約5m/s:18.5km/h)程度あれば、保船することは比較的容易と考えられる。また、小型船の場合はさらに操船性が良いため、保船は容易となる。(資料5-3)
津波による流速(U)は、津波高さ(η)と水深(h)より次のように表される(線形長波の式)。(資料5-7)
U=((g/h)^0.5)*η U:津波の流速(m/sec),η:津波高さ(m),g:重力加速度(9.8m/sec),h:水深(m)
出典:「災害に強い漁業地域づくりガイドライン(平成24年3月)」 (P.92) (水産庁) (http://www.jfa.maff.go.jp/j/press/bousai/120427.html) (2017/3/5に利用)
上記のグラフから,船速10ノットと仮定し,操船可能な流速は2ノット≒1m/s,必要な水深は42m→繰り上げて50m以深と定めています。これらのことから,ガイドラインでは砕波と津波流速を共に満足する水深として,一次避難海域を50m以深と定めています。 最初に津波高さを3mと想定していることからも分かるように,3m以上(大津波警報発令)の時はさらに深い二次避難海域へ避難することになっています。津波高さ毎の水深は,上記表の通りです。
なお,砕波しないという点については,下記の動画もそれを裏付けていると思います。 約10mの津波を水深38mで乗り越えています。
「10メートルの大津波を乗り越える巡視船「まつしま」=東日本大震災」 (時事通信社 Youtube)
-1分09秒: 津波高さを10mと目測しています。気象庁が相馬市で観測した値が 9.3m以上 と記録されていますので,ほぼ合っていると思われます。
-1分49秒: 水深38mと言っています。
-動画の説明に「相馬市の沖合5キロの洋上」と記載されています。
津波流速の影響については,ガイドライン内P.24「コラム『湾内の津波の怖さ』」もご参照下さい。湾内や港内はとりわけ危険です。東日本大震災の動画でも港内で波と激流に翻弄される漁船の様子を見た方もいらっしゃると思います。水位の変化が同じでも,水深が小さかったり閉じた湾や港のように出入口が狭いと流速が大きくなるとともに(庭で水を撒いている時にホースを指でつまむと勢いが増すのと同じ理屈です),地形によって渦や乱流が発生する為です。さらに,流された船,生け簀,漁網,自動車,瓦礫等が激流に乗って暴れますので,カヤックでの生存は絶望的です。また,V字型やU字型の湾では,両岸で反射した波同士が重なって津波自体も高くなります。津波引き波や第一波等の影響が出る前に,直ちに上陸・避難して下さい。
出典:「津波に遭遇した船の行動事例集」 (P.33, P.61) (国土交通省) (http://www.mlit.go.jp/common/000212285.pdf) (2017/3/16に利用)
2011年東北地方太平洋沖地震後の大洗港(左)と仙台港(右)
また海上保安庁が公開している津波防災情報図に津波流速のシミュレーション結果(計算結果)が記載されていますので,併せてご確認下さい。想定される津波流速の値や向き及び水位の経時変化が記載されていますので,津波流速とはどのようなものなのかイメージが湧くと思います。ただし計算の前提条件(プレート境界のどの範囲がどの位ずれるか等)が変わると計算結果は変わりますので,次に起こる津波が必ずこうなると言っているわけではない点には留意して下さい。 津波情報図の見方は,こちらの津波防災情報図利用の手引きを参照下さい。
また,参考に解析結果のアニメーションを下記にいくつか引用しておきます。水深や地形によって津波流速の挙動が大きく異なることが分かると思います。 画像をクリックするとGIFを表示します。
出典:「津波防災情報図 松崎港」 (海上保安庁) (https://www1.kaiho.mlit.go.jp/KAIYO/tsunami/3/03_MATSUZAKI/index.html) (2020/7/4に利用)
出典:「津波防災情報図 下田港」 (海上保安庁) (https://www1.kaiho.mlit.go.jp/KAIYO/tsunami/3/03_SHIMODA/index.html) (2020/7/4に利用)
出典:「津波防災情報図 御前崎港」 (海上保安庁) (https://www1.kaiho.mlit.go.jp/KAIYO/tsunami/3/03_OMAEZAKI/index.html) (2020/7/4に利用)
参考になる港湾の津波避難に関連する情報を列記しておきます。大変貴重な体験談です。ぜひご覧になって下さい。
シーカヤックの場合も一般の船舶と同様に,選択肢としては『陸上避難』と『海上避難』があると思いますが,船舶同様に陸上避難を最優先するべきだと思います。これは間違いありません。
しかし一方で,例えば相模トラフや南海トラフでは津波到達予測時間が10分未満という地域も多くあります。また,崖や海岸道路の法面等が続いていて上陸ポイントまで遠いケースもあると思います。このような条件で沖合にいた場合,陸上避難もまた危険,困難を伴います。したがって,海上避難についてもどうすれば生存の可能性を上げられるのか検討しておく必要があると考えられます。陸上避難が間に合わない状況においてのみ海上避難を選択する(以外に選択肢が無い),ということになると思いますが,一刻の猶予もない状況でどんな基準によって判断するのかについては非常に難しく,本サイトでも基準を提示することは出来ません。
基本的な流れは,下記のようになると思います。
注1: 津波到達まで10分以下のような地域では,津波警報・注意報を待っている余裕はありません。最短時間での到達を前提として直ちに避難を開始する必要があると思われます。
注2: 海上避難した場合,津波が収まるまで一般的に半日程度時間が掛かると言われていること(3.1.1項 繰り返し襲ってくる 参照)や瓦礫の流出等を考慮すると,大津波の場合は自力での着岸は困難と思われます。また沖で日没を迎えれば,ほぼ遭難です。この為,カヤックは諦めて,津波が収まり次第,周囲の船舶に救助要請する必要があると思われます。
次に,上述のガイドライン内容(水深の検討結果)を踏まえて,シーカヤックの場合について考えます。
同様に想定津波高さ3mで船速が津波流速の5倍とすると,船速7km/h≒1.94m/sと仮定すると,津波流速0.388m/s以下→水深151m以上必要となり,短時間で到達することはほぼ不可能な水深になります。そこで最低限,津波流速が船速と同じ,すなわち津波に流されずにその場にとどまり続けることが出来ることを目標とすると,必要水深は下記のようになります。流されて海岸付近に押し戻されると,砕波や激流に飲まれたり海岸に打ち付けられたりしてしまいます。ただし,これは方向がある程度一定の流れを想定しており,渦や乱流が発生する閉じた湾内や港内は例外です。
-津波高さ3m: 水深18m
-津波高さ4m: 水深26m
-津波高さ5m: 水深35m
-津波高さ6m: 水深45m
-津波高さ7m: 水深55m
-津波高さ8m: 水深66m
-津波高さ9m: 水深77m
-津波高さ10m: 水深88m
-津波高さ15m: 水深151m
目標設定に安全マージンが無いですが,このあたりが現実的な解なのではないかと思います。下のグラフはガイドライン内のグラフと同じものですが,見やすいように細かく書き直したものです。
砕波しない水深を30mとすると(最大値を採用しても結果は変わりません),シーカヤックの海上避難海域は下記のようになります。皆さんはどうお考えになりますか?
シーカヤックの海上避難海域(船速7km/hの場合)
津波高さ3m: 水深30m
津波高さ4m: 水深30m
津波高さ5m: 水深35m
津波高さ6m: 水深45m
津波高さ7m: 水深55m
津波高さ8m: 水深66m
津波高さ9m: 水深77m
津波高さ10m: 水深88m
津波高さ15m: 水深151m
グラフにすると以下のようになります。
これまでは説明の為,船速を7km/hと仮定してきましたが,
船速毎(5km/h〜10km/h)のグラフを記載していますので,自艇の速度に合わせて選択して下さい。
次に,日常の備えはどうあるべきか,より安全な避難を行う為に何に気を付ければよいかを整理する為に,避難におけるリスク要因を抽出し,それぞれに対策案を検討します。
まずここではFTAを使用することにより,津波避難におけるリスク要因の洗い出しと対策の整理が出来るのではないかと考え,『津波生還出来ない』をTop事象として,FTAを書いてみました。津波避難に際してどういうリスク要因があり,どんな対策を講じるべきか(あるいは対策のしようがないのか)について,ある程度整理出来ているのではないかと思います。ご確認頂き,抜け洩れ等ありましたらご指摘頂けると助かります。
注)FTAとは...
Fault Tree Analysisの略で,望ましくない現象の原因を特定する為のツールです。
主に,工業製品が故障した場合に,その原因を特定する為に使用されています。
故障をTop事象(一番左上)として,右側へ向かってその要因を一段階ずつ分解していき,それ以上分解出来なくなるまで分解していきます。
そして一番右側に現れた各要因について,今回の故障品が該当しているかどうかを調べることで故障原因を特定することが出来ます。
FTAが自動で何かをしてくれるわけではありませんが,可能性のある原因を洩れなく整理し,該当するのかしないのかを調査するのに有用です。
また,分解する時に式で表せる事象は式に沿って分解すると洩れが無くて良いです。例えば,[移動時間大]であれば,時間=距離÷速度 で表せますので,[移動距離大]と[移動速度小]に分解します。
対策を表にまとめました。日常の備えや意識するべきこと,有事の際に気を付けるべきことの一覧です。陸上避難or海上避難,ハードorソフト,日常系or有事 で分類しています。
危機管理の世界には,次のような原則があるそうです。意識するべきこととして,最後にご紹介致します。
「プロアクティブの原則」
例えば,天気予報で大雪警報が出たがあまり降らなかった。台風で避難指示が出たが,結局土砂崩れも洪水も起きなかった。北朝鮮の弾道ミサイル発射に対して迎撃態勢を取ったが,国土に落下することはなかった。というような時に,「またか」,「大げさだ」,「迷惑だ」というような声が必ず出ると思います。しかし,たとえ今回は空振りに終わったとしても,また次にリスクが訪れたら迷わずに最悪事態を念頭に必要な対応をとっていく,その覚悟が無ければ守れないのです。批判は愚かなことです。
津波対策もまた危機管理そのものです。